英国の世界遺産ストーンヘンジ。世界で最も有名な先史時代の遺跡の言われ、紀元前2500年から紀元前2000年の間に立てられたと考えられています。今から4500年も前のお話。その頃にブリテン島全域から人が集まり大規模な宴会が行われていたらしく、そして食べらてれいたのは、大量の豚肉。Yhooニュースからの話です。
4000年以上前から豚は食用として飼育され、ただ人間に食べられるためだけに、その生涯を生きている。こんな悲しい動物は他にあるだろうか。牛にしても食べられる運命は変わりないが、放牧され自由に草を食べる生活を経験できている。しかし豚の放牧は聞いたことがない。鯨は大海原を泳ぎまわり、捕鯨禁止が世界の潮流で保護されている。同じ哺乳類なのに、何という扱い。狭いケージに入れられ、ひたすら餌を与えられて、人間が美味しく食べられるように飼育される。
同じようなケースにブロイラーがあります。狭いケージでクワクワと叫び、ひたすら餌をついばみ、卵を落とす。以前、訳もなくイライラすることがり、どうしてかと考えてみると、卵ばかり食べていた時期で、ブロイラーの興奮が卵に乗り移り、その卵を食べたことにより体内の不満分子が活発化したのではないかと、真剣に考えたことがありました。「人間は食べるところのものである」立派な学者さんも言っています。

さて豚ですが、最後には人間に食べられるにしても、少しぐらい心地よい生活が送られる瞬間があってもいいのではないだろうか。と思ってもやっぱり無理か。豚は本来清潔好きで知能が高いと言われながら、その容貌というか体形というか、全体のイメージから蔑まれて生きている。「このブタ野郎」だの「豚のように太って」だの、ロクな言い方しかされません。「ベイブ」と言われ可愛がられたのは映画のお話。「猪八戒」で三蔵法師のお供をして天竺まで行ったのも架空のお話。現実は、狭い場所でひたすら餌を食べ続ける薄汚い動物としての悲惨な位置づけ。その豚が脚光を浴びるのは、人間たちが集う食卓での、「トンカツ・豚しゃぶ・酢豚・角煮・生姜焼き・トンテキ」。今この瞬間にも、豚肉で何か美味しい料理はできないだろうか、と考えている。そして、食卓に上がった料理を前にして、誰も豚の生涯など考えることはありません。
「動物の肉を食べる場合は、その動物を自分で殺すことから始めなければならない」。これもどこかの偉い学者さんの言葉として記憶しています。ほとんどの人は、肉屋やスーパーで並べられている肉の切り身を前にして、その肉がどのようにして切り身になったのか、その過程を考えることはしません。もし考えたら食べられなくなるかもしれない。その過程を目の前にしたら、おそらく気分が悪くなり、卒倒する人もいるかもしれない。都合の悪い部分は覆い隠され、ただ食材としてのお肉からスタートです。これはある意味幸せなこと。現代人としての幸運な生活の一部です。もし生き物の有難さを知れというのなら、切り身のお肉の傍に、その動物が生きていた時の写真を置いてみるのもいいかもしれない。でも人間は習慣の生き物。すぐに慣れてしまい、最初は可哀想だの薄気味悪いだのと思っていても、こちらの豚は元気そう、こちらの豚はイケメンとか言って、お肉本来の新鮮さよりも、写真の豚の見栄えで選んだりして、納得したりするようになるかも。
生きていく上で動物の殺傷は付き物、避けては通れません。普段は意識しない残酷なことを誰かに任せて、美味しい料理に舌鼓を打つ華麗な食文化の世界。ハエも殺せないような人でもきっと、肉は食べているでしょうし、たとえ肉は食べなくても魚ぐらいは食べているでしょう。犬や猫の殺処分に反対しても、食べるためなら、牛や豚は殺してもよくて、何も感じないで今日もハンバーガーを頬張る。美味しいな。この割り切れなさをどのように解決すればいいのか。ここまでくると何となく、ベジタリアンになる人の気持ちもわかるような気がします。

この問題にきちんと対処した国がありました。他ならぬ日本です。時は江戸時代、「生類憐みの令」。犬公方と言われた徳川綱吉さんがやってくれました。犬公方と言われて、犬だけを大切にした、ちょっと頭のおかしい人というイメージがあるかもしれませんが、「生類憐みの令」は犬だけではありません。●犬を捨てたり傷つけてはいけない。●金魚を飼う者はその数を届けること。●蛇や犬、猫、鼠に至るまで芸を教え込んで見せ物にするようなことをしてはならない。●病人、牛馬を捨ててはいけない。魚、鳥、貝を食べる為に売り買いしてはいけない。●虫を捕獲して虫の音色を聴くための飼育は禁止。●蚊が止まったら、そっとうちわであおいで逃がす、もしくは我慢すること。まだまだありますが、この法律を破ったものには、はりつけ・打ち首・島流しという刑罰。やっぱりちょっとおかしかったみたい。自分が死ぬ時に「あと100年はこの法律を続けるように」と言い残したそうですが、死んでからたったの7日で廃止されたようです。
それでも綱吉さんが生きている間、庶民はこの法律を守ったようで、はりつけが怖いからという理由もあったでしょうが、もともと獣肉を食べる習慣がなかったということもあるでしょう。そういう意味では、ベジタリアンに適した民族だったのかもしれません。でも最近では植物にも意識があるのではないかという研究もされていて、そうなったら八方塞がり、人間は餓死するしかありません。
ここは奥の手で、人間の「忘れる」という才能をいかんなく発揮して、今までの思考を完全リセット。明日から、美味しい料理のことだけを考えて生きていく。これしかありません。
By 料理パパ3号
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